2012年2月6日月曜日

Hokku Anthology "Dark winter" 發句集『玄い冬』


發句集(Hokku Anthology)

『玄い冬("Dark winter")


二〇一一年~二〇一二年度





11・8
今朝の冬新聞に見る訃報かな 不忍 
いきなり寒さが嚴しくなつたやうに感ぜられる。
例年に比べればそれ程でもないのであらうが、温度の落差によつて身體がさう反應してしまふのだらう。


11・8
立冬の午後の空には白い月 不忍 
暫く夜の空に皓皓と輝く月を見ないと思つたら、午後三時に外へ出ると天空に白い月が出沒してゐた。
こんな處にあつたのかとルパン三世を見つけた錢形警部やうな氣分になつた。月は夜中でもくつきり殘つてゐる。


11・9
堪へきれず上着求めん冬支度 不忍 
あれほど氣温が高かつたのに、一氣に寒さが肌に沁みたので、思はずコオトを出すやうに妻に頼んでしまつた。
冬になつてからその支度をするなんて、これまでにはなかつた事である。


2011年11月10日
冬暮れて茶も金色の有馬の湯 不忍 
長男の計らひで有馬の「御所坊」へ妻と二人して一泊しました。
とてもゆつくり出來て良い骨休めでした。大阪に何十年も住んでゐるのに有馬温泉で一泊した事がなかつたので、やり残した事をすませたやう。





2011年11月10日
煌めける神戸の山をつつむ冬 不忍 
有馬温泉に一泊した時、『神戸市立フルーツパーク』の「イルミネーション」を見に行つた。
夕方の五時半から六時までゐたが、色とりどりの華やかな明滅に來客から溜息が洩れてゐた。





2011年11月11日
紅葉も遲ればせなる瑞寶寺 不忍 
この寺には百人一首にある、
『ありまやま猪名のささはら風吹けばいでそよ人を忘れやはする 大弐三位』
といふ歌碑があつた。
紅葉の名所として知られてゐて中國からの團體が來てゐたが、紅葉にはほど遠かつた。


11・13
空高く月のさやけき冬の道 不忍 
今宵の月はとても美しく、憧れるやうに遙か遠くにある。
その道を何處まで歩いても行きつく事のないもの。
さういふものを求めてしまふ人間の性。


11・14
しぐるるや街路樹の根に沁む夕べ 不忍 
月曜日は吹田の亥の子谷へ恒例の仕入れに行つた。
南千里から目的地まで櫻と銀杏の街路樹が植わつてゐてそれぞれの季節に美をふりまいてゐる。
今年は銀杏の色づきが不調で、時雨の中で立ち盡してゐる。


11・15
田の先を見透かす冬の夕景色 不忍 
夕方の五時過ぎに家を出て店に行くのが普段の行動であるが、この時間でも冬になると流石にライトを點()けなければ自轉車の走行も危ない。
何もない田圃の先のたなびく雲の下に夕日が赤く暮れ殘つてゐた。


11・16
寒き朝に風切る指の痛さかな 不忍 
仕事を終へて自轉車での歸り道がいつもの心算(つもり)だと指が痛くなつてゐる事に氣がつかされた。
季節を實感することしきりである。


11・17
ビルの山あひだに凍て雲夕燒けて 不忍 
中八句の字餘りの上に歌仙の第三句の體(てい)で「て止まり・らん止まり」となつてしまつた。
氣がつけば、凍て雲を見てゐる私自身も立盡してゐた。
それが次の動作を必要とする句姿となつたの歟()


11・18
しとしとと寒さしみ込む雨の夜 不忍 
戸外に出なければ解らないほどしんしんと路面に雨が降つてゐる。
戸を開けなければ寒さも氣にならないが地面にはしつかり傳(つた)へられたやうで、屋根を叩く音もかそけき靜かな夜である。


11・19
止んで降るしぐれや心の襞の澱 不忍 
突然激しい雨が降つたかと思ふと止んで、晴れる事もなくまた降り出す。
そんな冷たい雨でも洗ひ流されるものがあるやうに、人の悲しみや苦惱が癒されるやうなものはないのだらうか。





11・20
雨後の小春日和と見れば夜の冷え 不忍 
夜中まで降つてゐた雨が家に歸る朝方には上がり、御負けに温かくて歩いてゐると汗さへ出て來る始末。
朝でもこれから寢るのだから晩飯扱ひなのだが日が照つて夏日だといふ。夜は一氣に冷え込んだ。


11・22
一筋のなにもなき道風冴ゆる 不忍 
心の中に一筋の道がある。それは自らの意志で選んだ譯でもなく、さうして何處に通じてゐるのかも解らない。
しかしそれでもその道を行く外はなくて、今は冬の景色の中で冷たい風を受けて歩いてゐる。


11・22
木と家の影繪に冬の夕日かな 不忍 
夕方に店に出勤する道の途中で、目線の先に天竺川の堤防が見える。
その彼方にある木々や家やビルが、まるで凍てつく冬に氷りついてゐるやうで、その上に赤い夕陽の殘照が映えてゐた。


11・23
老婦人の頼まれごとに走る冬 不忍 
店の常連で數年前に連れ合ひと死に別れた七十歳も半ばの老婦人に、日頃からお世話になつてゐるからと「ブルーレイ」のデツキをプレゼントした別の常連客がゐた。
さて接續が出來ないといふ携帶、助け人走る!


11・24
起こされて霜置く里の景色かな 不忍 
今、妻の實家の美作から一泊して歸つて來ました。妻の母が腰痛でそれを治す名醫が姫路にゐるので治療に寄り、我が家へ連れて來ました。
一箇月前に妻が直つたので毒味は濟んでゐて、結果も良好である。


11・25
空を行く明滅寒し夜間飛行 不忍 
我が街のすぐ側には伊丹空港がある。
今でこそ飛行機の發着陸が少なくなつたものの嘗てはうるさくて仕方がないほど頻繁に空を行き來してゐた。今では夜の空を明滅してゐるのを見てその存在を知る許りである。


11・26
寄る邉なき明りを投げて冬の道 不忍 
店に行くのにここ暫くは自轉車で通勤してゐる。
途中で仕入れの荷物があるので止むを得ないのだが、別附けの燈火が頼りなくて自分の存在を報せる事は出來ても、自らの歩む可き道がよくは見えない


11・27
追ひつかぬ夕日の果てや冬薔薇 不忍 
ゆふがたに店に行く時、丁度夕日の沈む方に向つて行く事になる。
誰かの庭に咲いてゐる薔薇(さうび)の花を後ろに置いて行きながら、けふも身を引締めて仕事の支度に備へて出かける切掛けとする。


11・28
敷きつめた落葉や銀杏に透ける空 不忍 
例年は南千里から亥の子谷にかけて銀杏(いてふ)が美しい眺めを見せるが、今年は黄葉(もみぢ)になる前に散つたり、殘つてゐても斑になつてゐたので、散つた木々の隙間から冬の空が虚しく映える許りだ。


11・29
暮れ殘る彼方に赤き冬のビル 不忍 
夕日を見ながら金子修介監督の『ガメラ』の一作目に、この手の映畫には珍しく、破壊された東京タワアに怪獣が夕日に翼を休めて産みつけた卵を温めてゐる美しい情景が思ひ起こされた。


11・30
冬暮れて防犯燈さへなき闇夜 不忍 
自轉車の燈火では覺束無い道を走つて行くのだが、人が明りも持たずに歩いてゐると間近まで行かないと氣がつかないので、急に出現したやうに感ぜられて驚いてしまふ。
人生の闇は自らの燈、「自燈明」で!


12・1
意氣込んで道行く師走のはじめかな 不忍 
けふより月は極まりぬ。
年古()りて無駄に馬齡を重ねるのみなれば、今年を見送る器量とて未だ身につかざるなり。
されば身過ぎ世過ぎに日をやり過ごさん歟()


12・2
凍て空や雨に降られて歸る道 不忍 
二日つづけて歸りに雨に降られてしまつた。
ふたりで自轉車を操つてゐるので、ひとりで走るよりかは氣持は樂だが、いづれにしても早く家の温もりが慾しくなる。


12・3
吹き落す枯葉や風の溜る庭 不忍 
今日は木枯しとまでは行かないが、いつもより風が強かつた。
その風に誘はれるやうに木の葉が庭に舞ひながら集まつてくる。
落葉が寄り添ふ場所は風の溜り場。
落葉(らくよう)の寄り添ふ邉(あた)り風の宿 不忍


12・4
寒さうな雲の群れにも茜射す 不忍 
今日はいつもより灰色の雲が空を覆つてゐて、それを見てゐるだけで寒さが身に沁みるやうだが、僅かに夕燒けが雲に照り映えるのを受けてゐる部分にほつとしたものを感じてしまふ。


12・5
冬暮れて盛つた蜜柑や部屋の色 不忍 
店の大家さんの親戚が和歌山で蜜柑を作つてゐて、それを戴いたからとお裾分けのお裾分けとして振舞つて貰つた。
部屋の卓子(テエブル)の籠に盛つてあるだけで火爐(ストオブ)があるやうに温かい氣がする。


12・6
陽を洩らす白き言の葉冬木立 不忍 
今日は吐く息が白くて朝の道を歩くと葉を落した木立がいくつか見かけられた。
それを眺めながら朝の陽射しの中で妻に話しかけると言葉まで白く裝つて空間に廣がつて行く。


12・7
夕焼けを月と眺めん通ひ道 不忍 
今日の夕焼けは反對側に月が出てゐたので、それを月と一緒に眺めて仕事に向ふとなんだか粹(いき)な氣分になつて、穩やかに仕事が出來さうだと思つた。


12・8
ひしひしと雲居坐つて雨後の冬 不忍 
昨日は休日だつたので一日中雨で家にゐた。
妻と子供たちは通天閣へ出かけてゐなかつたので、日永、机の上の電腦(パソコン)と遊んでゐた。
今日の午後、始めて外に出る。
眺むれば動かぬ雲の寒さかな 不忍


12・9
冬空に明りも氷る景色かな 不忍 
けふは一入(ひとしほ)寒さが嚴しかつた。
この句「明りを」を「燈(ともしび)」にせんと思へど、「明りも」の「も」に言外のものも含まれる處にこそ句の眼目ありと思ひ侍れば推敲を斷念す。
『取合せ』の妙ならん。


12・10
大地にもわが身映さん冬の月 不忍 
昨日の見事な天體の觀察(シヨウ)なる皆既月蝕。
昔讀みし冒險小説に暗黒大陸(アフリカ)の土著の部族に捕へられたる時、月が消えると豫言的發言にて難を逃れた話あり。
その後の月清かにてわが身を地に晒す。


12・11
見た宵の明星ならん航空機 不忍 
夕焼け空に光るものがあり、近くに伊丹の飛行場があるので、それが旅客機であるとすぐに知れるのだが、時に前後の燈火が見えずに宵の明星と勘違ひをする事がある。「UFO」と思はないだけでもましなのか。


12・12
乘降の驛ありて街は動く暮 不忍 
乘用車から自轉車になつて通る道も氣分により色々な所を走るやうになつた。
今はそれ程でもないが、嘗て庄内の豐南市場は暮ともなれば身動きが取れなかつた。
僅かに驛の乘降の時にその名殘りを教へてくれる。

「乘降の驛ありて街は動く暮」の句、初案「乘降の驛や町が動く暮」と中句六音で、その後「駅や通りが」と中句七音、更に「驛や巷(ちまた)は」となるも、人の移動を町が動くとの着想なれば次を最終案とせん。 
乘降の驛ありて街が動く暮 不忍


同日
mixi」の友人の日記を見て、
『むかし、京都に「ゴヤ展」が開催された時、友人と見に行きました。その彼も今はすでに鬼籍の人となつてしまひました』
と答へ、それに觸發されて一句を詠む。
曰く、
繪に殘るものあれど友を偲ぶ暮 不忍


12・13
人なくて暮とは見えず夜道かな 不忍 
ここ數年人の行き來がめつきり減つてきたやうに思はれる。
その端緒は阪神淡路大震災からで、庄内も御多分に洩れず被害が多くて文化住宅等が倒壊後、駐車場になつて人口が目減りしてしまつた。
景氣最惡!


12・15
いづこよりいづこへ行かん霧の里 不忍 
木曜日に妻の實家の美作へ歸つた。途中に千種川があつて霧に包まれた川沿ひの國道を車で走る。
ここは四季を通じて霧が立ち込める有名な處で、霧は秋の季語だが餘りにうまく出來たので披露してみる。





12・16
ひとり寢て霜の聲さへ友となる 不忍 
妻の田舎では時々、夜中に車の中で音樂やDVDを見る。
餘りの靜けさで部屋だと廣い家とはいへ滿足な音で鑑賞できないといふ理由からだ。
流石に冬は寒く霜の降りる音が空間に響き渡るやうだつた。


12・18
明滅の空に凍てつく信號機 不忍 
深夜にお客が途絶えたので店の外へ出たが、車や人通りがなくこれが暮かと思ふ程で、街が眠つてゐるやうだ。
このまま長い眠りについてしまふのか。
手持無沙汰で凍てついた信號機が暗い空の下で點滅してゐる。


12・19
浅づけにあへて醤油の茶漬けかな 不忍 
今朝の寒さに身體(からだ)が熱つぽいので食慾がわかない。さりとてあつさり過ぎるのも味氣ない。
そこでせめて漬物に醤油などかけて心に納得させて茶漬けを食す。
驚く事に「浅漬け」は冬の季語である。


12・20
()太りに殘る顏だけ風冴ゆる 不忍 
店の行き歸りが自動車ではなく歩きや自轉車になつて隨分になる。
今日も今日とて仕入れで車で吹田へ出かけたのだが、要り樣があつて暫く車を長男に貸してゐてこの時だけ送迎させ、明け方は歩きとなる。


12・20
()太りに殘る顏だけ風冴ゆる 不忍 
店の行き歸りが自動車ではなく歩きや自轉車になつて隨分になる。
今日も今日とて仕入れで車で吹田へ出かけたのだが、要り樣があつて暫く車を長男に貸してゐてこの時だけ送迎させ、明け方は歩きとなる。


12・21
節電にさらりと湯たんぽ渡す妻 不忍 
まだ暗い朝の六時前に仕事を終へ自宅に歸る。寢靜まつた家の明りを點()け、テレビを流しながらパジヤマに著替へ、佛壇の茶湯を下げてパソコンの前に坐ると妻からさり氣なく湯たんぽが足元に置かれる。


12・21
通院に脈打つ息の白さかな 不忍 
病氣になつて手術してから三年が經過した。
運よくぎりぎりで轉移してゐなかつたので、無事に生還する事が出來、今年もなんとか生き存(ながら)へてゐる。
これからどれ程の時間が殘されてゐるのだらうか。


12・22
温もりを布団においた師走かな 不忍 
人樣と起きる時間が異なつてゐて、午後になつてから目を覺ます。
とにかくに名殘り惜しさうに蒲団から這い出て師走の街へくり出して行く。
何十年とこんな生活を續けてゐる。
あとどれ程續けられるだらう。


12・23
震災の非力痛切年暮れぬ 不忍 
言葉にならぬ程の事をも述べんとするは物を書かかんとする行爲の業ならんか。
初案を「天變の地異に非力や暮れる年」とし、次に「震災に非力を知りて年暮れぬ」とするもやり切れぬ思ひを込めらぬ儘に推敲せん。

松丸 ブディウトモ氏よりのコメント。
16年前と同じことを考えていたのですか。
私は案外、楽観視していますよ。
イエス様はこの日に備えて、日本のためを思い、聖書に有り難い言葉を残してくれたのです。
2000年前もからね。


松丸 ブディウトモ さん。
「聖書」の言葉を「有り難い言葉」と思ふのは個人の自由ですが、私はさう思はない自由を選んでゐます。
樂觀するとか悲觀するとかではなく、ただ命あるものとして死に對する無力な事を感じるばかりなのです。


12・24
何處かには賑はひもある聖夜かな 不忍 
なんといふ靜かな夜だらう。例年に比べて客數が半分以下で、その内の一人の常連客の情報では京都は凄い賑(にぎ)はひだつたとの事。
庄内界隈は冷え込んでゐる。
筆の運びも捗つてしまふイヴである。


12・25
木枯しや家竝の明りひとつなくて 不忍 
初案は「凩にひとつなき燈の家竝かな」だつたのだが、縱板に水と流れては心に響くものなくて推敲する。
夕方にビルや家々に明りを見て、一軒でも燈がないと何があつたのかとの心配が「て止り」となる。


12・27
甘くする野菜の味や朝の霜 不忍 
若い時に他人の飯を喰つて辛く嚴しい經驗をした方が人の痛みが理解出來て獨り立ちし易いといふ。
嚴しさが人間形成に役立つやうに、「朝の霜は野菜を甘くする」といふ妻の言葉がそのまま句になる明方の歸路。


12・28
なにゆゑかかの皸もつひぞ見ず 不忍 
冬になると嘗ては大抵の子供が皸(あかぎれ)になつてゐたものである。
それが今の子供に見られない。
日本人の生活水準が向上したからなのか。
それとも單に()地球の温暖化による環境の變化なのだらうか。


12・29
やがて絶ゆる炬燵に集ふ朝餉かな 不忍 
朝まで仕事なので日中は睡眠で晝食はらず夕食は店で妻と濟ます。
誰でもがさうであるやうにいつまで續けられるか解らない家族が揃ふ食事は、朝食だけとなる。
東北の被災者の事を思へば有難くもある。


12・30
晦日とて暮なん年の餘裕かな 不忍 
初案の中句は「まだ一日の」だつたが、季語がないのでかくは改めたり。
女性に比べて男は粗大ゴミだから暮の掃除は役立たずで、妙に餘裕(ゆとり)がある。
高い場所に注連縄をつける時だけ重寶されるのだ。


12・31
年暮れて來年もまた迎ふらん 不忍 
一年の過ぎるのがある時期から加速するやうに感ぜられる。
さういふ歳になつて來たのだと實感する頃には、身體(からだ)のあちこちから不調を訴へられるやうになる。
一年を過せるのが貴重なものとなる。鬼笑ふ!


2012年1月1日
(ことほ)ぎて福茶にかはる金箔酒 不忍 
どなた樣も新年明けましてお芽出たう御座います。
正月は何十年と妻の實家に歸省してゐたのだが、去年から迎へられる側から迎へる側へと立場が變つた。
と同時に福茶から戴き物の金箔酒へと氣分も一新!

輻輳(ふくそう)に立止まりたる初詣 不忍 
正月は朝の御節を食べた後、午後までのんびりと過ごした。
二時になつて近くの住吉神社で參拜して屠蘇をよばれ、神社のはしごで道路を隔てた服部天神へゆく。
そこで娘の一句。
初詣振袖よりもフリースで 龍星。





1・2
街に出て書を買ふ年の初めかな 不忍 
みゆきちやんが體調を崩して寝込んだので、母と娘との三人で江坂へ出て追加の食料を買つた。
珈琲を飲んでから自由行動でいそいそと本屋へ出向く。
いまだ「書を捨て街へ出よう」とは出来ぬ知識欲の亡者也!


1・3
()りの世に殘され住みて三が日 不忍 
三日の夕方に仕入れをしながら初商ひの爲に店へ行つた。
庄内神社へ寄りたかつたからいつもより少し早く家を出た。
といふのも一日の服部天神で知り合ひがここよりも多かつたと言つてゐたから……。


1・4
舞ひさうな雪隱す雲うすくれなゐ 不忍 
今日は大氣が冷え込んでゐて、昨日に續いて風も強く感ぜられ、雪でも降りさうな氣配である。
雪を孕んだ雲は灰色といふよりも、いつの頃か薄紅(ピンク)色をしてゐるやうに何故か思ひ込んでしまつた。

コンドル女史よりのコメント。
ここで、バリバリッ!!と空ごと抜け落ちるような雷がなれば「鰤起こし」ですね。実家が雪深いところなので紅色の空はよく見てました。温かくなさってくださいね。

コンドル さん。
身體(からだ)を氣づかつて戴きありがたう。
「鰤起こし」には出合つた事がありませんでした。
言葉は聞いた事があるんですがね。
バリバリツと海の底拔く鰤起こし 不忍
といふところでせうか。
早速頂戴いたしました。
發句はやはり「取合せ」なんですね。


1・5
反省も藝もなき身や猿廻し 不忍 
ここ數年、正月番組で日光の猿廻しの出番が見られなくなつてしまつた。
元來「猿飼・猿曳き」ともいはれ、記録によれば鎌倉時代にまで遡(さかのぼ)れるさうである。
古代、猿が馬の守護の爲、厩舎(きうしや)へ祝言に訪れたといふ。


1・6
くにならぬ凍てつく夜明けの二人連れ 不忍 
「凍てつく」を東北地方の「しばれる」にしたかつたのだが、大坂の寒さなど彼()の地には比ぶ可くもないと思ひ到つて差し控へる事にした。
今日は一段と寒さが嚴しいかつたが妻と競爭で温まる歸り道。

裸足のエリーゼさんよりのコメントに答へて。
「イイネ!」アリガタウ! 
毎日に一句をと思つて續けて來ましたが、この日ばかりはどうにも思ひ浮ばなくて、この句は「句にならぬ」と「苦にならぬ」を引掛けて見た次第です。
不惡(あしからず)


1・7
露命をばつなぐ祈りの七草粥 不忍 
七草粥は延喜年間(十世紀頃)から朝廷で儀式化され、軈(やが)て民間に傳へられて今日に到つてゐるとの事であるから、それ以前からあつて萬病を防ぐと言はれてゐる。
妻も一句。
松開けて白粥る朝餉かな 幸


1・8
埋み火の燃え殘りたる未練かな 不忍 
短くも長き人の一生には何をか得ん事もあれど、と同時に又失ひたるものもあれば、悔いなく生きんと願へども思ふに任せず、何かの折りに不圖美化された思ひ出のあれこれに身を委ねて時を過す事もあらんか。


1・9
底冷えに削ぎ落されし痛みかな 不忍 
深夜の店に客が跡絶えた一瞬の寒さはたとへようもなく、テレビの音だけが語りかける。
すべての傷はあまりに寒いと痛みを感じない。
けれどもそれは痛みがなくなつた譯ではない。麻痺しただけなのである。


1・10
親しげに叩き板打つゑべつさん 不忍 
九日は庄内戎だけで十日には服部天神と兩方を廻つた。服部には裏に叩き板があつて、詳細は不明だが何でも恵比寿さんは難聽で、訪ねた事を叩いて報せなければ御利益が薄いと言はれてゐるらしい。




Kumi さんよりのコメント。 
おもしろい逸話ですね 福岡の天神で仕事をしています 「天神」って地名は全国にあるんですかね

Kumi さん。
「天神」とは雷神の事で、左遷された菅原道眞が恨みを殘して怨靈となり雷に打たれて横死させたり、雷災が頻發した爲に畏怖されて北野の天神祠に祭られて天滿自在天として神格化され、その後ぴたりと怨靈の活動が靜まつて學問の神と崇められて守護神へと變化したとものの本にあります。


1・11
これからの餘生は殘り惠比壽かな 不忍 
長く生きて來て先が見えるやうになつてくると大抵の事には驚かなくなるが、さりとて多くの人が明日の事を解つてゐる譯ではないので、取立てて偉さうにいふ程の事でもないが生きてゐるだけで殘り福!


1・12
風花や傳へたきものあり手の温み 不忍 
一説に「風花」は降雪地から風に吹かれて飛來する小雪の事とあるが、ちらと風に舞ふ白いものを見ると、東北の被災地の方からの傳言のやうに思はれ、せめて手を差伸べる行爲が温もりとならん事を願ひつつ。


1・13
手酌より妻から受ける燗の酒 不忍 
世間では夕食だが我が家では朝までの仕事なので朝食扱ひになる。
その食事を三十年近く妻と二人して店で攝る。忙しい時はいつになるか解らないが、今は暇でこんな寒い日は一入(ひとしほ)熱燗が合つたりする。

コンドル女史よりのコメント。
仲の良いご夫婦の会話までが聞こえて来るようです。
御御御汁(おみおつけ)ごぼうだいこんおあげ湯気 蒼鳥
昨日の昼げに浮かんだ句です。
江戸時代には、具が二種類以上入った味噌汁を御御御汁と呼んでいたようです。

コンドルさん。
無季でも樂しげな句ですね。
「御御御汁(おみおつけ)」の「お・み」は接頭語とも、味噌を略して「御味(おみ)」と云つたとも、或いはご飯に「附け」る汁物を女房言葉で叮嚀に「御汁(おつけ)」と言ひ、漬物と區別する爲に「おみ」を追加したのではとは私の説。
因みに漬物は「香の物」。
おでんなら冬なのに。

追記 
コンドル女史からの後のコメントに「だいこん」が冬の季語であるとのお叱りを受けました。
汗顏の至りです。


1・14
灰色の重き空見ん浮世かな 不忍 
本當かどうか原作者も見た譯ではないが、名探偵ポアロの腦味噌は灰色ださうで、それと同じ夕方の空が灰色に覆(おほ)はれて足取りも重く感ぜられ、かすかに冷たい雨が顏に當る。
きつと芥川龍之介(1892-1927)の『蜜柑』といふ短篇に、都會へ向ふ汽車の少女を見送る弟たちの曇天に押し潰されたやうな空と同じ色なんだらう。


1・15
爆ぜる福を燃え殘してやどんど燒 不忍 
元日を大正月といふのに對して正月十五日は小正月。
どんど燒はその日に行ふ火祭りの行事で、注連縄や書初めを燒く火で餅を燒いて食べ、健康と幸福を祈るといふ。
別に左義長(さぎちやう)ともいふが他にも色々と呼び名がある。


1・16
歸宅して寢靜まる家の炬燵かな 不忍 
冬の冷え込んだ明方に歩いて家へ歸りつくと、家族は二階のそれぞれの部屋で寢てゐて、眞暗な居間(ダイニングルウム)へ入つて明りとテレビ、電腦(コンピユウタア)と炬燵の電源。
暗き部屋に温もるまでの炬燵かな 不忍


1・17
もう一度逢ひたき人や春を待つ 不忍 
いつの間にか一日一句が日課になつてしまつた。
義務になると苦痛だが工夫する事を樂しめばそれなりに愉快である。
とは云へ時に出來なくて唸る事もあつて締切に追はれるやうな心地がする。
この句は冬の氣分を詠んで見た。


1・18
悴んだ手にそつと出す妻のお茶 不忍 
この句は當初「連合ひが悴(かじか)んだ手に茶を渡す」だつたが、次に「連合ひが悴んだ手にそつと茶を」でこれは動的だから氣に入つてゐたのだが改める事にした。
明方に自轉車で歸宅した時の我が家の一風景です。


1・19
人と人がゐればこそ消光ふゆの雨 不忍 
消光(せうくわう)とは月日を送る事で主に自分を謙遜していふ言葉と辭書にある。
光が消えるとは見事な表現で、さういへばよく使はれる光を觀ると書いて觀光といふ美しい言葉もある。今更乍ら日本語の面白さを味はつてゐる。

「消光」といふ言葉は夏目漱石(1867-1916)の『吾輩は猫』の中でも使用されてゐるさうです。他にも「風光」なんて言葉も氣に入つてゐます。


1・20
見えずとも皮膚に傳はるこぬか雨 不忍 
世の中は見えるものが總てではなく、耳で色を觀たり、目で音を聽いたりもする。
であるならば雨を皮膚で觀るのもありではなからうか、なんて理窟つぽい事を考へてしまふ雨模様の續く客の途絶えた深夜の店での事であつた。

ずうつと待つてゐたんだけれども誰も突つ込んでくれないので、一人ボケツツコミをすれば「見えずとも皮膚に傳はるこぬか雨」の句は無季なんです。
そこで用意してゐた句を披露すれば。
   見えずとも寒さ傳はる小ぬか雨 不忍 


1・21
坂道に雨に打たれし枇杷の花 不忍 
この作品は所謂「寫生の句」であるが、こんな表現に面白味も何もあつたものではない。
感情を排した「寫生」といふ句作を筆者は好まない。
繪畫ではないのだから修練以外に發句で寫生をする意味があるとは思はれない。
第一「ふる・ふれる」の問題から見ても枇杷である必要があるのか。
季語がなければ發句ではないといふ理由で安易にそれをしたとしか思はれない。
そこで自戒を込めて改作。
この日大寒にして地域によりて雨は雪に變ず。
坂道に雨をめぐみと枇杷の花 不忍

坂道や雨をめぐみと枇杷の花 不忍 
最終案として切字の重要さを示せばかうなるものと思はれ、かうする事によつて上五句と中句以下に切れが出來、一句二章が完結されて、「坂道」を讀者が人生の苦しい時でも肯定的(ポジテイブ)に考へようといふ光が見えるのでは……。


1・22
大寒や何もかもまとふ重さかな 不忍 
一年で最も寒いとされる「大寒」の日に追打ちをかけるやうに雨が降つてゐる。心に著せられぬ所爲(せゐ)か、せめて身體(からだ)には寒さを防がんと著衣を多めにする。
その重さは生きて來た浮世の柵(しがらみ)のゆゑか。

シリアルさんよりのコメント。
沖縄にいる私には本土の方が感じる程の「大寒」は感じることはありませんが、「寒さを防がんと著衣を多めにする。
その重さは生きて來た浮世の柵のゆえか」の表現が素敵です。

シリアル さん。
過分なお褒めの言葉をいただき嬉しい限りです。
發句で自然の中で暮らす人間の心が詠み込めればと、日夜世界の平和を守りながら頑張りたいと思ひます()


1・22
醉ひしれた女正月にご相伴 不忍 
常連のマリちやんがほろ醉ひでやつて來た。
少し遲れたが今日は女正月をさせてもらつたとの事。
妻が酎ハイ、筆者は烏龍茶をご相伴。女正月は年始に忙しかつた女性が年賀に出向く京阪の風俗で、十五日、二十日の地方もあるさうだ。


1・23
粕汁で温める手の御持て成し 不忍
寒さ嚴しき折に外から仕事場に戻つて來ると、妻がお好み燒の鉄板の上の鍋からお椀によそつて差出してくれた。
粕汁である。
食事の爲にではなく暖をとる手立てとしてふるまはれたのである。
心がほつこりしてしまふ。


1・24
降りもせぬ雪待つ坂や街明かり 不忍 
雪に苦しむ地域の人には申し譯ないが、雪を美しいと思つてゐる者にとつては雪が降るのを待つ氣持は信じられないかも知れない。豪雪地帯で一邊(いつぺん)生活して見て、それからもう一度さう言つてみなさいと言はれてもである。


1・25
日脚伸びて夕燒け色のぬくみかな 不忍 
暗く重苦しい冬の嚴しさも、やがて明るい季節が訪れるやうに、まづ夕暮の時間がずれ込んでその準備を始める。
何にでも苦しく悲しい事ばかりはなく、よく注意して見ればその中に樂しみを見つけられるものだと思ふのだが……。


1・26
陽のあたる坂にさざんか目に赫し 不忍 
本當は今日は木曜日だから店は休みの筈なんだが、急遽する事になつて、それならいつそ早めに行かうと午後の三時に家を出た。
同じ道なのに景色が違つて見え、天氣もよくて堤防に出る坂の途中の山茶花が輝いてゐた。


1・27
吐く息の白さも愛し夜道かな 不忍 
底冷えといふのはかういふ事なのだらうと思はれる程に寒さが嚴しい。例年は店で暖房など必要としないのだが、今年はあつても構はないと思つたりする。
勿論しないけれども。
そんな日の歸り道は明方でもあつて吐く息が白い。

コンドル女史よりのコメント。
私も白い息の句を詠みたいと思っていました!
「愛し」がすごくいいですね!

コンドル さん。
お褒めの言葉を有難う御座います。
最終案として次のやうにしました。

吐く息の白さも愛し暗き道 不忍 

先の見えない人生に、自らを慈しみながら生きて行く事を願ひつつ……。


1・28
往く道に雲ゐすわつて冱()てる街 不忍 
黒澤明監督の映畫の『赤ひげ』の冒頭は空の下に江戸の屋根の(いらか)(いらか)が竝んでゐる。
屋根から下は映らないので人々の姿は見えない。幽かに風の音が聞え、それに混つて物賣りの聲で生活感が解る。
助け合つて嚴しい自然に對應(たいおう)するのだ。


1・29
見えぬ海が口にくづれし牡蠣の飯 不忍 
珍しく朝食に牡蠣飯が出た。
到來物があつたので早速に妻が拵(こしら)へたのである。
流石に手早い事は天下一品である。
普通なら朝からと思はれるかも知れないが、我が家では朝五時まで仕事だから、實はこれが夕食といふ事になる。


1・30
問はれたかとあたり響かす嚔かな 不忍 
寒さに人の往來がめつきり減つて店にも客が途絶えて無聊をかこつ時、誰に問はれた譯でもないのに思はず邉りを見廻したりする。
突然に出た嚔(くしゃみ)でさへ誰かに返事をしたかのやうである。
けれども店に響いた後は空寂!


2・1
路地裏に命見つけん寒の菊 不忍 
家から店に通ふ道は誰でもがさうであるやうにいつの間にか順路が決つてくるもので、自転車の時はこの道筋(コオス)、歩いて行く時はこの道といふやうに往き來するのだが、偶に氣紛れで他の道へ入り込む時があつて、そこにも命の躍動を見つける。


2・2

鍋煮えて箸を迷はすおでんの具 不忍 
世界の人口の胃袋を滿足させる食料がこの地球で賄へる能力(Capacity)を現在は越えてゐるのではないかと思はれる。
それにも拘はらず日本では各國の豊饒の食料を手に入れ滿喫してゐるばかりでなく、大量の廢棄處分。
心痛甚だし。


2・3
狩人の銃撃つ先の獲物かな 不忍 
妻の實家の美作へ歸るとこの時期は猟が解禁になつてゐる。
三十年以上も前になるが猟に同行した事がある。
漁師が魚を獲物とし、農家が米や野菜を収穫するやうに、猟師が解禁の時期に生活の爲に動物を狩つて生活の糧の一部とする。



附合ひが猪(しし)鍋に變る時期到來 不忍 
妻の田舎で獵(れふ)が解禁になつて鹿や猪を師が出張つて來て仕留めるのだが、獵師といつても一年中する譯ではなく、この時期だけにそれをするのであつて、とてもではないが生活の活計(たつき)になるといふものではない。
お裾分けである。


2・3
卷きずしや惠方に頼る性かなし 不忍 
節分である。
手相とか名前の劃數とかの占いに頼るのは、これだけ景氣が惡いとそれで事件になるよりか増しである。
「鰯の頭も信心から」といふが、默つてある方角に向つて食べるといふ勿體をつける事で、占いとしての權威がつくのである。





製菓會社によつてバレンタインに樝古聿(チヨコレエト)を送るのとと同じで、海苔屋と結託した鮨屋の企てがまんまと圖()に當(あた)つた譯である


2・4
   舌にのるふろふき大根に酒そそぐ 不忍 
二月二日に妻の實家へ行つた時可成の雪が積つてゐて運轉を誤つて壁に激突し、大破とまでは行かなかつたが走行不能で義兄に大阪まで送つて貰ふ破目になつた。
幸ひ誰も怪我はなく筆者の運轉の傳説は潰えて、無事を確かめるやうに酒を呑む。







§
             




春を迎へて


コンドル女史の問ひかけを契機として、去年の夏から始まつた一日一句といふ發句の創作も、『朱(あか)い夏(Zhu summer)』から『白い秋(White autumn)』へと季節は移り、さうして『玄(くろ)い冬(Dark winter)』を終へて『青い春(springtime of life)』へとなつてしまつた。
まことに時の過ぎて行くのは早いものだと實感する。
そのあひだに『mixi』から『Twitter』へと河岸を變()へ、主なる舞臺は『ブロッガー』へと重きを置くやうになつてゐる。
ここが發表された作品を人に見てもらふのに、一番理想的な環境だと思はれたからだ。
まだ讀者は一人もゐない。
孤獨な作業を冬眠でもするやうに、あるいは人なき島の島民ででもあるかのやうに命のある限り發表し續けようと決意してゐる。


     二〇一二年二月六日午後二時 庄内の店にて。




)
松丸 ブディウトモ さん。
コンドル女史
裸足のエリーゼさん
Kumi さん
シリアルさん

以上の「マイミク」の方のコメントを掲載してゐます。
事後承諾になりますがお許しください。
すぐに削除しますから、もし都合が惡ければお申し出ください。

これで次は春の部で『青い春(Springtime of life)』といふ事になります。

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