2012年1月17日火曜日

箕面吟行 Making a hokku poetry in the Minoh(古文)

 

     箕面(みのお)吟行(ぎんかう)Making a hokku poetry in the Minoh(古文)

 近江(あふみの) 不忍(しのばず)




        ──紅葉(こうえふ)(たき)──     

 

 

 十一月(じふいちぐわつ)中旬(ちゆうじゆん)になりて、わが(とも)大蔵寺宏(だいざうじひろし)()(とも)箕面(みのお)紅葉狩(もみぢがり)()かんとすべく、()づはわが(みせ)にて珈琲(コオヒイ)(すす)るなり。

 大蔵寺(だいざうじ)()以前(いぜん)高槻(たかつき)()まひをれど、(いま)藤井寺(ひぢゐでら)引越(ひつこ)したり。

 ここに(きた)途次(とじ)今日(けふ)發句吟行(ほつくぎんかう)(おも)ひを()せ、

芭蕉(ばせう)七部集(しちぶしふ)()文庫本(ぶんこぼん)()にし、()(きた)るなり。

 (おも)へば、大蔵寺(だいざうじ)()とは二十(にじふ)(すう)(ねん)のつきあひにて、趣味(しゆみ)もよく()ひ、(また)、わが作品(さくひん)理解者(りかいしや)でもあり。

    わが(とも)()にあるうちに紅葉狩(もみぢがり)

 

 

 (やが)て、わが(つま)(こゑ)(あめ)降り(ふり)たるを()る。

 (あき)(あめ)(かさ)ねし(よはひ)(をし)へるが如く(ごとく)()るなり。

    ()りだしたと()はれて()づく(あき)(あめ)

 

 

 さて、これより自家用車(じかようしや)にて箕面(みのお)()かん。

 車中(しやちゆう)にて大蔵寺(だいざうじ)()近況(きんきやう)()へば、(あひ)(かは)らず體調(たいてう)(わる)しとの(こと)など(かた)らひて、途中(とちゆう)()がつけば、いつしか(あめ)()がりたるなり。

 間近(まぢか)箕面(みのお)(やま)()ゆるなり。

    紅葉(こうえふ)(あめ)()(そら)旅情(たびごころ)

 

 

    (とほ)(やま)のよそほひ()れて風赤(かぜあか)

 箕面(みのお)大坂(おほさか)にも(まれ)なる山水鄕(さんすいがう)にて、(さる)(おほ)く、紅葉(もみぢ)(うつく)しき(こと)(つと)(いう)(めい)なれば、われも小學生(せうがくせい)(ころ)より幾度(いくど)(きた)るなり。

 (いま)(やま)陽光(やうくわう)()らされて、(かがや)くばかりに紅葉(こうえふ)す。

    (あら)はれて(やま)(よそほ)ひし箕面(みのお)かな

 

 

 自動車(じどうしや)(はん)(きふ)箕面(みのお)(えき)(まへ)駐車場(ちゆうしやぢやう)()てて、愈々(いよいよ)大蔵寺(だいざうじ)()(たき)へと()かふ(なり)

 驛前(えきまへ)名物(めいびつ)()りたる(みせ)立竝(たちなら)び、その(ふる)びたるたたずまひ(なつ)かしく、(みせ)()()とも(おも)はれし數人(すうにん)少女(せうぢよ)が、行樂(かうらく)人垣(ひとがき)()じりて、商店(しようてん)(あひだ)()ふやうな(ほそ)舗道(ほだう)にて手毬(てまり)をする景色(けしき)も、(あき)()()しの(なか)にいとけなく()ゆる。

    ふるびたる風立(かぜた)(あき)手毬唄(てまりうた)

 

 

 しばし()けば、商店(しようてん)(まば)らになりぬ。

 とある(はし)のたもとにふり()てば、紅葉(もみぢ)()ゆるばかりに(ひろ)がりぬ。

    この(みち)(たき)(つづ)くや初紅葉(はつもみぢ)

 

 

 不圖(ふと)人聲(ひとこゑ)振返(ふりかへ)れば異國(いこく)のふたり()れありて、(みせ)(ひと)(なに)をか(たづ)ねん。

つらつら(おもんみ)るに、(たき)までの距離(きより)()ひしなるか。

    紅葉(もみぢ)()えて(みち)(をそ)はる(ひと)のあり

()きる(こと)(むづか)しきを()らんか。

 

 

(はし)(うへ)より(なが)むれば、(あき)陽射(ひざ)(あか)るく、(そら)()(わた)りぬ。

    金色(こんじき)()()らされし紅葉(もみぢ)かな

 

 

大蔵寺(だいざうじ)()(とも)(みち)(あゆ)めば、(みち)(ほそ)くなりて、紅葉(もみぢ)頭上(づじよう)(おほ)ひ、()(さえぎ)りぬ。(また)(かたは)らに塑像(そざう)かと()れば、二匹(にひき)(さる)ありて(あき)(あそ)ぶなり。

    (うす)(ぐら)(みち)(さる)あり(あき)(こゑ)

 

 

そが(さる)一匹(いつぴき)木々(きぎ)()(うつ)り、山中(さんちゆう)()えしと()れば、(ふたた)(あらは)れて我等(われら)(さき)()くなり。

    (あき)(みち)(さる)先行(さきゆ)箕面(みのお)かな

 

    案内(あんない)(さる)()うたる(たき)(あき)

 

 

その片手(かたて)(あか)()()つけて、大蔵寺(だいざうじ)()(とも)(した)ふが(ごと)(したが)ひて()きしが、やがて人混(ひとご)みに(まぎ)れて見失(みうしな)ひぬ。

    いざなふか(さる)紅葉(もみぢ)()(おく)(たき)

 

 

 茶店(ちやみせ)ともいふべき風情(ふぜい)建物(たてもの)ありて、(とき)()ごせば、(おく)(てら)のあるを()る。

その()()れば、

瀧安寺(ろうあんじ)」とぞ()ひける。

(えんぎ)には役小角(えんのをづぬ)開祖(かいそ)とあり。

境内(けいだい)人影(ひとかげ)もなく、(さる)のみが數匹(すうひき)(てら)(まも)つてゐたるばかりなり。

    ()(さる)にとり(のこ)されし(てら)(あき)

 

 

その數匹(すうひき)(さる)()れより(はな)れて、石段(いしだん)日溜(ひだま)りの(なか)一匹(いつぴき)(さる)あり。

その(さま)哲學者(てつがくしや)(はた)(また)

(かんが)へる(ひと)」の(ごと)くなりと()はば、大蔵寺(だいざうじ)()

老人(らうじん)日向(ひなた)ぼこなり」と()へり。

    石段(いしだん)(さる)(こし)かけて(あき)(てら)

 

 

しばし、大蔵寺(だいざうじ)()(とも)にその()()(がた)く、日溜(ひだま)りの(なか)(みつ)つの(かげ)(きざ)む。

    木洩(こも)()(さる)()ごせば秋高(あきたか)

 

 

()きるとはなんぞや。

われ(いま)(なに)諒解(りやうかい)する(こと)(あた)はず。

    秋風(あきかぜ)やなにを(さと)らん(さる)(かほ)

 

 

われ(ひと)として()きるは、わが(おこな)ひの所爲(せゐ)にあらざるなり。

(いはん)(さる)においてをや。

    どれほども(さる)(たが)はぬ(あき)(しわ)

 

 

渓流(けいりう)(みぎ)(なが)めつつ、(ふたた)本道(ほんだう)(あゆ)めば、(あき)(たの)しむ(ひと)益々(ますます)(おほ)くなりぬ。

    ()(ひと)(しろ)(かしら)紅葉(もみぢ)かな

 

 

(なん)びとも(みづか)らの一生(いつしやう)(おもんぱか)れども(おも)ふに(まか)せず、(とど)のつまりはその日暮(ひぐら)しなり。

    われに()てその()(ぐら)しや(あき)(さる)

 

 

    それなりに苦勞(くらう)もあるか(あき)(さる)

(いま)(ひと)(おほ)季節(きせつ)なれば、(さる)もその生業(なりはひ)(すこぶ)繁昌(はんじゃう)にして、(あた)へられし()(もの)(こゑ)(かな)しく()()ふなり。その(さま)(まさ)に「危急存亡(ききふそんばう)(とき)」と()えたり。

 

 

    (いま)(あき)菓子(くわし)(ふた)()(さる)智慧(ちゑ)

この()(はじ)めは上五句(かみごく)を、

「あらそひの」としたるも、()(あらた)めたり。

(しか)れども、浮世(うきよ)(ひと)()()()()ぎの(くる)しき(さま)()るにつけても、(さる)安穩(あんをん)羨望(せんばう)(いだ)きしは、われの(ひが)みと()はんか。

    ()きるにはさほど(こま)らぬ(あき)(さる)

 

 

とある(みち)(すみ)(さる)ありて、家族連(かぞくづ)れの子供(こども)母親(ははおや)より菓子(くわし)(もら)ひて(おや)見守(みまも)(なか)、その菓子(くわし)(さる)(あた)へんと(おそ)(おそ)(ちか)づきたり。

とは()へ、(さる)その菓子(くわし)見向(みむ)きもせず、子供(こども)(かぶ)りたる帽子(ぼうし)(うば)ひて飛廻(とびまは)るなり。

母親(ははおや)(おどろ)きて(てさる)(さる)見下(みお)ろしつつ、忌々(いまいま)()舌打(したう)ちをして、子供(こども)をあやしながらその()立去(たちさ)りぬ。

(もの)(あた)へし(ゆゑ)主人面(しゆじんづら)をすれど、(さる)無頓着(むとんちやく)なり。

    浮世(うきよ)にはそしらぬ(かほ)(さる)(あき)

 

 

(みち)()けば、路傍(ろばう)に、

唐人戾岩(たうじんもどりいは)」といふ奇岩(きがん)あり。われは渓流(けいりう)紅葉(もみぢ)(なが)めしに、大蔵寺(だいざうじ)()はこの大岩(おほいは)(てん)(まつ)講釋(かうしやく)すなり。

(そも)、この大岩(おほいは)はその(むかし)(たう)國使(くにし)探勝(たんしよう)ここに(きた)りて、(みち)(けは)しく、(いは)(くづ)()ちんとする景觀(かいくわん)恐れ(おそれ)(いだ)かせたるもので、(たき)()ずして引返(ひきかへ)せし(いんえん)()なり。

    ふと()れの(こゑ)見過(みす)ごす一位(いちゐ)()

 

 

(みち)(いま)(きはま)らず、(たき)淸冽(せいれつ)なる姿(すがた)腦裏(なうり)(ゑが)くのみなり。

大蔵寺(だいざうじ)()(くび)(かし)げて、瀧音(たきおと)ありとの言葉(ことば)(みみ)()ませば、人聲(ひとこゑ)(まじ)りて幽か(かすか)(きこ)ゆる(たき)(おと)あり。

    (おく)(みち)(もみぢ)紅葉(もみぢ)(たき)(おと)

 

 

(みち)(まが)りくねるに(したが)ひて(はし)(わた)り、渓流(けいりう)(ひだり)(なが)むれば、(たき)(おと)()(だい)(つよ)(おほ)きく(ひび)きけり。

    瀧音(たきおと)九十九(つづら)()れたり(あき)(やま)

大蔵寺(だいざうじ)()、われもと一句(いつく)()まん。

    (ちか)づいて(とほ)のく(あき)(たき)(おと) (ひろし)

 

 

(さか)(のぼ)れば、

望海ヶ丘(ばうかいがをか)」ありて、眼下(がんか)には(まち)(はる)かに大坂灣(おほさかわん)(のぞ)む。

    (たうげ)より(なが)むる(あき)家竝(やなみ)かな

 

    ()がつけば(うみ)からのぼる鰯雲(いわしぐも)

 

 

(さか)(くだ)れば、驛前程(えきまえほど)ではなけれど紅葉(こうえふ)(なか)所々(ところどころ)茶店(ちやみせ)軒數(けんすう)()えて(にぎ)はひたり。(また)(たき)(おと)(はなは)だしく(ひび)きければ、(さる)(こゑ)もの()しげ(なり)

    瀧音(たきおと)(まじ)(ましら)聲悲(こえかな)

 

 

軈て(やがて)眼前(がんぜん)(たき)()つるを()れば、(なか)ほどに(にじ)()けて、一帶(いつたい)紅葉(こうえふ)(すこぶ)(おほ)く、(ひかり)(げん)(めう)(のぞ)きたる心地(ここち)なり。

    眼前(がんぜん)紅葉(もみぢ)(たき)(おと)()

 

 

近寄(ちかよ)りて見上(みあ)ぐるに、(みづ)流れ(ながれ)紅葉(こうえふ)も、(たか)(そら)(きよ)(がん)()りつきたるが(ごと)くなり。

    (あき)(ぞら)(いは)()りついて(たき)()つる

 

 

    嘻々(きき)とした(さる)(こゑ)さへ(たき)()

(たき)(おと)轟々(がうがう)(はげ)しく、(あた)りの(こゑ)さへ()()されし(ほど)なり。

    生命(いのち)あるものとして(あき)(さる)(こゑ)

 

 

    塵勞(ぢんらう)をまぎらす(あき)(たき)(かぜ)

この()愛想(あいさう)必要(ひつえう)なき(ところ)にて、(こころ)(つか)れる(こと)もなきなり。そは(うつく)しきを()ればその(まま)(つぶや)くのみにて()めばなり。

    ()るるほど(たき)飛沫(しぶき)初紅葉(はつもみぢ)

 

 

(たき)(ちか)づけば、(かぜ)心地(ここち)よく飛沫(しぶき)()にならず、()(わた)(みづ)(うつ)りし(おの)(かげ)()つめて()たり。

大蔵寺(だいざうじ)()(ふたた)一句(いつく)をものにせん。

    その(むかし)なにを(うつ)すや(みづ)()みぬ  (ひろし)

われ(みづ)()(ひた)せば、

    (たき)(つぼ)()をひたしをる(いた)みかな

 

 

大蔵寺(だいざうじ)()言葉(ことば)にて(たき)(うへ)(のぼ)(こと)となり、(てつ)骨造(こつづく)りの勾配(こうばい)(けは)しき階段(かいだん)(ある)いて()きたり。

(のぼ)()れば(トン)(ネル)ありて、()ぐれば、

千本目松(せんぼんめまつ)」に(いた)る。

岩肌(いわはだ)(しろ)く、また平地(へいち)などもありて、(さる)以外(いぐわい)小動物(せうどうぶつ)(をり)()はれてゐたれど、(さる)(くら)ぶれば()はんとする(こと)(はなは)()(めい)なり。

    吹く(ふく)(かぜ)(みち)(かくす)さん(すすき)かな

それらの(なか)(いく)つもの(ちい)さき淸流(せうりう)ありて、やがてひとつになりて、(がけ)(むか)つて()()かるなり。

そこより(たき)(つぼ)見下(みお)ろせば、奈落(ならく)(そこ)()()まれたるが(ごと)心地(ここち)(なり)

 

 

(ふたた)茶屋(ちやや)にて(おそ)晝食(ちうしよく)()れば、子連(こづ)れの母猿來(ははざるきた)りて(われ)らが(うたげ)(くは)はりぬ。名物(めいぶつ)の、

紅葉(もみぢ)天婦(てんぷ)()」を()けて()べるなり。

    名物(めいぶつ)()べるは()げた紅葉茶屋(もみぢぢやや)

()めど、昨今(さくこん)流行(はやり)宣傳文作家(コピイライタア)(さく)かとも(おも)はるるなり、と()ひし大蔵寺(だいざうじ)()(げん)(したが)ひて推敲(すいかう)せり。

    (ほそ)()()べるは()げた紅葉(もみぢ)茶屋(ぢやや)

 

 

(われ)らが(きやく)子猿(こざる)可愛(かはい)らしさに、家族連(かぞくづ)れの人々(ひとびと)(なか)より、子供(こども)(わか)(をんな)(あつ)まりて(もの)(あた)ふるなり。

(また)(さる)子供(こども)(なら)ばせて、記念(きねん)(しや)(しん)()(おや)もあり。

母猿(ははさる)(すこ)しも(さわ)がず、()すが(まま)(まか)せたれば、子猿(こざる)(いぶか)(さま)もなく、(うつく)しき(ひとみ)(われ)()けたり。

    秋深(あきふか)子猿(こざる)()にも(たき)()つる

 

    (さる)()にも(たき)(かがた)きて(あき)(おく)

 

 

子連(こづ)れの(さる)()()するに、我等(われら)見送(みおく)りてその(うし)姿(すがた)()やれば、その(すき)にいきなり(べつ)(さる)(わき)(いで)でて、大蔵寺(だいざうじ)()(ぼん)(ぬす)みたり。

(ほん)は、

芭蕉(ばせう)七部集(しちぶしふ)」なれど、(さる)(みの)()しがらずに、元手(もとで)もなく(ほん)仕入(しい)れたり。

その(さる)

詩人(しじん)なるか、實業家(じつげふか)なるか」とわれ(かさ)ねて()へば、煙草(たばこ)一服(いつぷく)したる(だい)蔵寺(ざうじ)()

(いな)」と(こた)へり。

その理由(りいう)はと()へば、

(みの)はこの地名(ちめい)なるが(ゆゑ)に、(すで)必要(ひつえう)もなし」と、大蔵寺(だいざうじ)()(こた)へて(けむり)()くなり。

 (いは)く、(おきな)の、

(さる)(みの)」に、

(はつ)しぐれ(さる)小蓑(こみの)をほしげ(なり) 芭蕉(ばせう)

といふ()あればなり。

    (たき)()れば(さる)()られん文庫本(ぶこぼん)

この()下五句(しもごく)を、

七部集(しちぶしふう)」と()まんと(ほつ)すれど、(あま)りに眞意(しんい)見透(みす)かされん、と()(あらた)めたり。

 

 

(さる)(ぼん)(ぬす)まれてより、夕暮(ゆふぐれ)間近(まぢか)(しろ)氣配(けはひ)(ただよ)ひて、(あた)りの人影(ひとかげ)(まばら)らになりぬ(ころ)大蔵寺(だいざうじ)()さらに()ふ。

(ほん)(ぬす)まれしが、我等(われら)()ごせし()()といふ()(おも)ひの(なか)(のこ)らん」と。

    ()()(ざる)()られしものは(しろ)(あき)

 

 

子供(こども)(たか)(こゑ)次第(しだい)(とほ)くへ(はな)()き、(たの)しき()()れかかりぬ。

我等(われら)(そぞ)(ごころ)にて(たき)(なが)めたり。

    瀧音(たきおと)(あき)(あそ)びも()れかけぬ

 

 

人影(ひとかげ)茶屋(ちやや)(ひと)以外(いぐわい)我等(われら)(ほか)、さらになしかと()れば、いつしか(さる)さへも暮色(ぼしよく)(なか)()けるが(ごと)()()りたり。

    (さる)()えてとりのこされし(あき)(くれ)

 

 

折角(せつかく)(きた)るによつて、大蔵寺(だいざうじ)()は、

附合(つけあひ)でもせんか」と()()さん。

早速(さつそく)()みしものを披露(ひろう)せば(つぎ)(ごと)くなり。

 

  夕暮(ゆふぐれ)()にせまりくる瀧紅葉(たきもみぢ)    不忍(しのばず)

      途切(とぎ)れし(おと)(あき)()りつつ  (ひろし)

   ()(わた)(あし)(ぬぐ)へば()()ぢて

      (すす)湯呑(ゆのみ)澤庵(たくあん)(あぢ)     不忍(しのばず)

   ひと(こゑ)()()りをくれて(かん)(つき)

      (だれ)(とが)めぬ(ゆめ)なればこそ   (ひろし)

   振袖(ふりそで)()せたきままに年越(としこ)して

      枯木(かれき)(はな)()にまとひ    不忍(しのばず)

   (はる)火事(くわじ)にもろ(はだ)()ぐめ(ぐみ)かな

      (さくら)()せて(さば)(かろ)やか    (ひろし)

   (まないた)(こい)料理(れうり)(なが)(いた)

      (ぬく)もり(のこ)蒲團(ふとん)()()め   不忍(しのばず)

   三月(みつき)()二階(にかい)()したる(ひと)いづこ

      名乘(なの)()げれば御曹司(おんざうし)とかや (ひろし)

   (ゆる)されてわが()(はる)御散財(ごさんざい)

      (おご)れる(ひと)のうれしかるらん  不忍(しのばず)

   無斷(なだん)にても難色(なんしよく)もなし(はな)(えん)

      小言(こごと)()ても()けぬ芳一(はういち)   (ひろし)

   ()(はる)(おも)たき琵琶(びは)(こし)()かし

      明方(あけがた)豆腐(とうふ)(かど)()ふなり   不忍(しのばず)

   ()()がれ(こひ)はなま(もの)おはやめに

      (せみ)(ほたる)()いにうるさし   (ひろし)

   宵宮(よひみや)祗園囃(ぎをんばやし)馴染客(なじみきやく)

      (ぬし)(いのち)(おく)後朝(きぬぎぬ)      (しのばず)

   べろを()()れた()れたも(げい)(うち)

      (くち)()けたら閻魔(えんま)(おどろ)く    (ひろし)

   (かね)次第(しだい)とは()()けるも地獄(じごく)だけ

      (わら)()ばして()めば(みやこ)か   不忍(しのばず)

   ()じろぎて(をとこ)(つき)()える(かげ)

      ()(とら)でさへも(もと)()()む (ひろし)

   (たび)()()らす(まくら)(そで)(なか)

      ()()(ふゆ)(あるじ)(なさけ)     不忍(しのばず)

   (いんえん)(むかし)(がた)りに()()けぬ

      (やうや)()けた(はる)はやまぎは   (ひろし)

   をかしさに(いつぽふ)()野邊(のべ)(はな)

      ()(したが)ひて向日葵(ひまはり)()く   不忍(しのばず)

 

座興(ざきよう)(よみ)()げし歌仙(かせん)一卷(いつくわん)()()めれば、

「そろりと(かへ)らんか」と大蔵寺(だいざうじ)()()ひて(こし)()げたり。

 

 

    ()れかけて(みづ)にさざめく(もみぢ)かな

()(とき)(おな)(みち)なれど、(かへ)りし(みち)のいと心細氣(こころぼそげ)なる。

 

    ひやひやと(おと)をたどるや()(なが)

 

    ()()ゆる紅葉(もみぢ)(いは)()(もみぢ)

 

    (みち)()れて(なが)るる(もみぢ)なほ(あか)

 

    せせらぎの(おと)()にしつ(あき)のくれ

 

    晩秋(ばんしう)(みち)のほとりに花白(はなしろ)

 

    ()かれ(みち)どちらへ()くも(あき)(くれ)

 

 

    この(みち)(よはひ)(なか)ばや(あき)(くれ)

ふたりの(とし)(おも)へば、(むかし)ならば(すで)初老(しよらう)()へり。(いま)有難(ありがた)くも、

(じつ)(ねん)」といふ言葉(ことば)ありて、(たす)かりたるやうな(なさけ)なきやうな心地(ここち)なり。

大蔵寺(だいざうじ)()

今日(けふ)久方(ひさかた)ぶりに愉快(ゆくわい)なり」と出抜(だしぬ)けに()ひて(われ)(おどろ)かしぬ。

    (あき)(さる)()られしままで(みち)(くだ)

 

 

大蔵寺(だいざうじ)()心殘(こころのこ)りに振返(ふりかへ)れば、

「あつ」と(おどろ)きの(こゑ)(はつ)して(われ)(うなが)せり。

(かれ)視線(しせん)彼方(かなた)()やれば、(われ)(おな)じく、

「あつ」と(おどろ)きて(こゑ)()げるなり。

そは(やま)(いただき)一本(ひともと)()(うへ)(つき)(かか)りて、一匹(いつぴき)(さる)、その(こずゑ)(のぼ)り、(あたか)我等(われら)見送(みおく)りたる(さま)にて、その(さる)(つき)()みたるが(ごと)()()えたれば(なり)

()(とも)とふたりして、(しば)し、その()立去(たちさ)()ねたり。

    見送(みおく)りの(こずゑ)(さる)(つき)()

 

 

    (つき)(みち)なにもなきままに影細(かげほそ)

(みち)日暮(ひく)れて()(そら)にあるは(つき)ばかりなれど、ややありて()しくも(そら)(とり)(わた)るを()る。

我等(われら)はこれよりそれぞれの家路(いへじ)へと(わた)るのみか。

    ()()れて落ち(おち)()(さき)(わた)(どり)

 

 

    ()がつけば空澄(そらす)(わた)(とり)()

(まち)()ると、大蔵寺(だいざうじ)()はこのまま箕面驛(みのおえき)より電車(でんしや)にて(かへ)らん(こと)を、(まう)(いで)たり。

(われ)

「しばし()て」と()(とど)め、街中(まちなか)物色(ぶつしよく)したり。

    (まち)(いで)れば(こひ)しき火影(ほかげ)秋深(あきふか)

 

 

大蔵寺(だいざうじ)()()名殘(なごり)りに、居酒屋(ゐざかや)()りて(あつ)(さけ)()めば、(いのち)ある(こと)實感(じつかん)する(ごと)(はらわた)染入(しみい)るなり。

    月淸(つききよ)くまた()はうぞと名殘酒(なごりざけ)

 

 

()(とも)はその言葉(ことば)(とほ)りに、箕面驛(みのおえき)より電車(でんしや)()りて(かへ)りたり。

    ともに()けなにが(かな)しく蚯蚓(みみず)()

 

 

我獨(われひと)(よる)のしじまに(くるま)(はし)らせれば、千里丘陵(せんりきうりよう)高層(かうそう)住宅(ぢゆうたく)(いく)つもの(あか)りあれど、その燈火(ともしび)寒々(さむざむ)とかそけき(さま)なり。

    (ひと)(みな)(ねむ)りも(ふか)(かり)宿(やど)

 

 

かくて今日(けふ)といふ()(をは)りて(みせ)(かへ)るのみなれど、(われ)(うま)(いで)しよりこの(ほか)()ごす(すべ)()らずと()へり。

(われ)箕面(みのお)(さる)(おな)境地(きやうち)(いた)らん。

    ()(あき)()きてゐるから()きてゐる

 

 

 

   一九八八(せんきうひやくはちじふはち)昭和(せうわ)六十三(ろくじふさん)戊申(つちのえさる)(どし)十一月(じふいちぐわつ)十六日(じふろくにち)






箕面吟行Making a hokku poetry in the Minoh(現代文)

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