2012年1月17日火曜日

箕面吟行 Making a hokku poetry in the Minoh(古文)

 

     箕面(みのお)吟行(ぎんかう)Making a hokku poetry in the Minoh(古文)

 近江(あふみの) 不忍(しのばず)




        ──紅葉(こうえふ)の瀧(たき)──     

 

 

 十一月(じふいちぐわつ)も中旬(ちゆうじゆん)になりて、わが友(とも)大蔵寺宏(だいざうじひろし)氏(し)と共(とも)に箕面(みのお)へ紅葉狩(もみぢがり)に行(ゆ)かんとすべく、先(ま)づはわが店(みせ)にて珈琲(コオヒイ)を啜(すす)るなり。

 大蔵寺(だいざうじ)氏(し)は以前(いぜん)高槻(たかつき)に住(す)まひをれど、今(いま)は藤井寺(ひぢゐでら)に引越(ひつこ)したり。

 ここに來(きた)る途次(とじ)、今日(けふ)の發句吟行(ほつくぎんかう)に思(おも)ひを馳(は)せ、

『芭蕉(ばせう)七部集(しちぶしふ)』(」)の文庫本(ぶんこぼん)を手(て)にし、讀(よ)み來(きた)るなり。

 思(おも)へば、大蔵寺(だいざうじ)氏(し)とは二十(にじふ)數(すう)年(ねん)のつきあひにて、趣味(しゆみ)もよく合(あ)ひ、又(また)、わが作品(さくひん)の理解者(りかいしや)でもあり。

    わが友(とも)と世(よ)にあるうちに紅葉狩(もみぢがり)

 

 

 軈(やが)て、わが妻(つま)の聲(こゑ)に雨(あめ)の降り(ふり)たるを知(し)る。

 秋(あき)の雨(あめ)は重(かさ)ねし齡(よはひ)を敎(をし)へるが如く(ごとく)に降(ふ)るなり。

    降(ふ)りだしたと言(い)はれて氣(き)づく秋(あき)の雨(あめ)

 

 

 さて、これより自家用車(じかようしや)にて箕面(みのお)に行(ゆ)かん。

 車中(しやちゆう)にて大蔵寺(だいざうじ)氏(し)の近況(きんきやう)を問(と)へば、相(あひ)も變(かは)らず體調(たいてう)惡(わる)しとの事(こと)など語(かた)らひて、途中(とちゆう)氣(き)がつけば、いつしか雨(あめ)の上(あ)がりたるなり。

 間近(まぢか)に箕面(みのお)の山(やま)も見(み)ゆるなり。

    紅葉(こうえふ)の雨(あめ)止(や)む空(そら)や旅情(たびごころ)

 

 

    遠(とほ)き山(やま)のよそほひ搖(ゆ)れて風赤(かぜあか)し

 箕面(みのお)は大坂(おほさか)にも稀(まれ)なる山水鄕(さんすいがう)にて、猿(さる)多(おほ)く、紅葉(もみぢ)の美(うつく)しき事(こと)夙(つと)に有(いう)名(めい)なれば、われも小學生(せうがくせい)の頃(ころ)より幾度(いくど)か來(きた)るなり。

 今(いま)、山(やま)は陽光(やうくわう)に照(て)らされて、輝(かがや)くばかりに紅葉(こうえふ)す。

    洗(あら)はれて山(やま)装(よそほ)ひし箕面(みのお)かな

 

 

 自動車(じどうしや)を阪(はん)急(きふ)箕面(みのお)驛(えき)前(まへ)の駐車場(ちゆうしやぢやう)に捨(す)てて、愈々(いよいよ)大蔵寺(だいざうじ)氏(し)と瀧(たき)へと向(む)かふ也(なり)。

 驛前(えきまへ)は名物(めいびつ)を賣(う)りたる店(みせ)が立竝(たちなら)び、その舊(ふる)びたるたたずまひ懷(なつ)かしく、店(みせ)の兒(こ)等(ら)とも思(おも)はれし數人(すうにん)の少女(せうぢよ)が、行樂(かうらく)の人垣(ひとがき)に混(ま)じりて、商店(しようてん)の間(あひだ)を縫(ぬ)ふやうな細(ほそ)き舗道(ほだう)にて手毬(てまり)をする景色(けしき)も、秋(あき)の陽(ひ)射(ざ)しの中(なか)にいとけなく見(み)ゆる。

    ふるびたる風立(かぜた)つ龝(あき)や手毬唄(てまりうた)

 

 

 しばし行(ゆ)けば、商店(しようてん)も疎(まば)らになりぬ。

 とある橋(はし)のたもとにふり立(た)てば、紅葉(もみぢ)燃(も)ゆるばかりに廣(ひろ)がりぬ。

    この道(みち)は瀧(たき)に續(つづ)くや初紅葉(はつもみぢ)

 

 

 不圖(ふと)人聲(ひとこゑ)に振返(ふりかへ)れば異國(いこく)のふたり連(づ)れありて、店(みせ)の人(ひと)に何(なに)をか尋(たづ)ねん。

つらつら惟(おもんみ)るに、瀧(たき)までの距離(きより)を問(と)ひしなるか。

    紅葉(もみぢ)冴(さ)えて道(みち)を敎(をそ)はる人(ひと)のあり

生(い)きる事(こと)の難(むづか)しきを知(し)らんか。

 

 

橋(はし)の上(うへ)より眺(なが)むれば、秋(あき)の陽射(ひざ)し明(あか)るく、空(そら)澄(す)み渡(わた)りぬ。

    金色(こんじき)の陽(ひ)に照(て)らされし紅葉(もみぢ)かな

 

 

大蔵寺(だいざうじ)氏(し)と共(とも)に道(みち)を步(あゆ)めば、道(みち)細(ほそ)くなりて、紅葉(もみぢ)頭上(づじよう)を覆(おほ)ひ、陽(ひ)を遮(さえぎ)りぬ。又(また)、傍(かたは)らに塑像(そざう)かと見(み)れば、二匹(にひき)の猿(さる)ありて秋(あき)に遊(あそ)ぶなり。

    薄(うす)暗(ぐら)き道(みち)に猿(さる)あり秋(あき)の聲(こゑ)

 

 

そが猿(さる)の一匹(いつぴき)木々(きぎ)を飛(と)び移(うつ)り、山中(さんちゆう)へ消(き)えしと見(み)れば、再(ふたた)び現(あらは)れて我等(われら)の先(さき)を行(い)くなり。

    秋(あき)の道(みち)猿(さる)が先行(さきゆ)く箕面(みのお)かな

 

    案内(あんない)を猿(さる)に乞(こ)うたる瀧(たき)の秋(あき)

 

 

その片手(かたて)に赤(あか)き葉(は)を見(み)つけて、大蔵寺(だいざうじ)氏(し)と共(とも)に慕(した)ふが如(ごと)く從(したが)ひて行(ゆ)きしが、やがて人混(ひとご)みに紛(まぎ)れて見失(みうしな)ひぬ。

    いざなふか猿(さる)紅葉(もみぢ)手(て)に奧(おく)の瀧(たき)

 

 

 茶店(ちやみせ)ともいふべき風情(ふぜい)の建物(たてもの)ありて、時(とき)を過(す)ごせば、奧(おく)に寺(てら)のあるを知(し)る。

その名(な)を見(み)れば、

「瀧安寺(ろうあんじ)」とぞ云(い)ひける。

緣起(えんぎ)には役小角(えんのをづぬ)の開祖(かいそ)とあり。

境内(けいだい)は人影(ひとかげ)もなく、猿(さる)のみが數匹(すうひき)、寺(てら)を守(まも)つてゐたるばかりなり。

    他(た)の猿(さる)にとり殘(のこ)されし寺(てら)の秋(あき)

 

 

その數匹(すうひき)の猿(さる)の群(む)れより離(はな)れて、石段(いしだん)の日溜(ひだま)りの中(なか)に一匹(いつぴき)の猿(さる)あり。

その樣(さま)、哲學者(てつがくしや)か將(はた)又(また)、

「考(かんが)へる人(ひと)」の如(ごと)くなりと云(い)はば、大蔵寺(だいざうじ)氏(し)、

「老人(らうじん)の日向(ひなた)ぼこなり」と云(い)へり。

    石段(いしだん)に猿(さる)腰(こし)かけて秋(あき)の寺(てら)

 

 

しばし、大蔵寺(だいざうじ)氏(し)と共(とも)にその場(ば)を去(さ)り難(がた)く、日溜(ひだま)りの中(なか)に三(みつ)つの影(かげ)を刻(きざ)む。

    木洩(こも)れ日(び)や猿(さる)と過(す)ごせば秋高(あきたか)し

 

 

生(い)きるとはなんぞや。

われ未(いま)だ何(なに)も諒解(りやうかい)する事(こと)能(あた)はず。

    秋風(あきかぜ)やなにを悟(さと)らん猿(さる)の顏(かほ)

 

 

われ人(ひと)として生(い)きるは、わが行(おこな)ひの所爲(せゐ)にあらざるなり。

況(いはん)や猿(さる)においてをや。

    どれほども猿(さる)と違(たが)はぬ秋(あき)の皺(しわ)

 

 

渓流(けいりう)を右(みぎ)に眺(なが)めつつ、再(ふたた)び本道(ほんだう)を步(あゆ)めば、秋(あき)を樂(たの)しむ人(ひと)益々(ますます)多(おほ)くなりぬ。

    行(ゆ)く人(ひと)の白(しろ)き頭(かしら)に紅葉(もみぢ)かな

 

 

何(なん)びとも自(みづか)らの一生(いつしやう)を慮(おもんぱか)れども思(おも)ふに任(まか)せず、鯔(とど)のつまりはその日暮(ひぐら)しなり。

    われに似(に)てその日(ひ)暮(ぐら)しや龝(あき)の猿(さる)

 

 

    それなりに苦勞(くらう)もあるか秋(あき)の猿(さる)

今(いま)は人(ひと)の多(おほ)き季節(きせつ)なれば、猿(さる)もその生業(なりはひ)頗(すこぶ)る繁昌(はんじゃう)にして、與(あた)へられし食(た)べ物(もの)を聲(こゑ)も悲(かな)しく取(と)り合(あ)ふなり。その樣(さま)、將(まさ)に「危急存亡(ききふそんばう)の秋(とき)」と見(み)えたり。

 

 

    今(いま)や秋(あき)に菓子(くわし)二(ふた)つ割(わ)る猿(さる)の智慧(ちゑ)

この句(く)、初(はじ)めは上五句(かみごく)を、

「あらそひの」としたるも、斯(か)く改(あらた)めたり。

然(しか)れども、浮世(うきよ)の人(ひと)の見(み)過(す)ぎ世(よ)過(す)ぎの苦(くる)しき樣(さま)を見(み)るにつけても、猿(さる)の安穩(あんをん)に羨望(せんばう)を抱(いだ)きしは、われの僻(ひが)みと云(い)はんか。

    生(い)きるにはさほど困(こま)らぬ秋(あき)の猿(さる)

 

 

とある道(みち)の隅(すみ)に猿(さる)ありて、家族連(かぞくづ)れの子供(こども)、母親(ははおや)より菓子(くわし)を貰(もら)ひて親(おや)の見守(みまも)る中(なか)、その菓子(くわし)を猿(さる)に與(あた)へんと恐(おそ)る恐(おそ)る近(ちか)づきたり。

とは云(い)へ、猿(さる)その菓子(くわし)に見向(みむ)きもせず、子供(こども)の被(かぶ)りたる帽子(ぼうし)を奪(うば)ひて飛廻(とびまは)るなり。

母親(ははおや)驚(おどろ)きて(てさる)猿(さる)を見下(みお)ろしつつ、忌々(いまいま)し氣(げ)に舌打(したう)ちをして、子供(こども)をあやしながらその場(ば)を立去(たちさ)りぬ。

物(もの)を與(あた)へし故(ゆゑ)の主人面(しゆじんづら)をすれど、猿(さる)は無頓着(むとんちやく)なり。

    浮世(うきよ)にはそしらぬ顏(かほ)や猿(さる)の秋(あき)

 

 

道(みち)を行(ゆ)けば、路傍(ろばう)に、

「唐人戾岩(たうじんもどりいは)」といふ奇岩(きがん)あり。われは渓流(けいりう)と紅葉(もみぢ)を眺(なが)めしに、大蔵寺(だいざうじ)氏(し)はこの大岩(おほいは)の顚(てん)末(まつ)を講釋(かうしやく)すなり。

抑(そも)、この大岩(おほいは)はその昔(むかし)、唐(たう)の國使(くにし)探勝(たんしよう)ここに來(きた)りて、道(みち)險(けは)しく、岩(いは)崩(くづ)れ落(お)ちんとする景觀(かいくわん)に恐れ(おそれ)を抱(いだ)かせたるもので、瀧(たき)を見(み)ずして引返(ひきかへ)せし因緣(いんえん)の地(ち)なり。

    ふと連(つ)れの聲(こゑ)で見過(みす)ごす一位(いちゐ)の實(み)

 

 

道(みち)未(いま)だ窮(きはま)らず、瀧(たき)の淸冽(せいれつ)なる姿(すがた)を腦裏(なうり)に描(ゑが)くのみなり。

大蔵寺(だいざうじ)氏(し)首(くび)を傾(かし)げて、瀧音(たきおと)ありとの言葉(ことば)に耳(みみ)を澄(す)ませば、人聲(ひとこゑ)に交(まじ)りて幽か(かすか)に聞(きこ)ゆる瀧(たき)の音(おと)あり。

    奧(おく)の道(みち)黃葉(もみぢ)紅葉(もみぢ)や瀧(たき)の音(おと)

 

 

道(みち)の曲(まが)りくねるに從(したが)ひて橋(はし)を渡(わた)り、渓流(けいりう)を左(ひだり)に眺(なが)むれば、瀧(たき)の音(おと)次(し)第(だい)に强(つよ)く大(おほ)きく響(ひび)きけり。

    瀧音(たきおと)も九十九(つづら)折(を)れたり秋(あき)の山(やま)

大蔵寺(だいざうじ)氏(し)、われもと一句(いつく)詠(よ)まん。

    近(ちか)づいて遠(とほ)のく秋(あき)の瀧(たき)の音(おと) 宏(ひろし)

 

 

坂(さか)を登(のぼ)れば、

「望海ヶ丘(ばうかいがをか)」ありて、眼下(がんか)には町(まち)、遙(はる)かに大坂灣(おほさかわん)を臨(のぞ)む。

    峠(たうげ)より眺(なが)むる秋(あき)の家竝(やなみ)かな

 

    氣(き)がつけば海(うみ)からのぼる鰯雲(いわしぐも)

 

 

坂(さか)を下(くだ)れば、驛前程(えきまえほど)ではなけれど紅葉(こうえふ)の中(なか)、所々(ところどころ)に茶店(ちやみせ)の軒數(けんすう)も增(ふ)えて賑(にぎ)はひたり。又(また)、瀧(たき)の音(おと)甚(はなは)だしく響(ひび)きければ、猿(さる)の聲(こゑ)もの欲(ほ)しげ也(なり)。

    瀧音(たきおと)に交(まじ)る猿(ましら)の聲悲(こえかな)し

 

 

軈て(やがて)、眼前(がんぜん)に瀧(たき)の落(お)つるを見(み)れば、中(なか)ほどに虹(にじ)を架(か)けて、一帶(いつたい)に紅葉(こうえふ)頗(すこぶ)る多(おほ)く、光(ひかり)の幻(げん)妙(めう)を覗(のぞ)きたる心地(ここち)なり。

    眼前(がんぜん)の紅葉(もみぢ)や瀧(たき)の音(おと)に搖(ゆ)れ

 

 

近寄(ちかよ)りて見上(みあ)ぐるに、水(みづ)の流れ(ながれ)も紅葉(こうえふ)も、高(たか)き空(そら)に巨(きよ)巖(がん)の張(は)りつきたるが如(ごと)くなり。

    秋(あき)空(ぞら)に岩(いは)張(は)りついて瀧(たき)落(お)つる

 

 

    嘻々(きき)とした猿(さる)の聲(こゑ)さへ瀧(たき)に消(き)ゆ

瀧(たき)の音(おと)轟々(がうがう)と激(はげ)しく、邊(あた)りの聲(こゑ)さへ搔(か)き消(け)されし程(ほど)なり。

    生命(いのち)あるものとして秋(あき)や猿(さる)の聲(こゑ)

 

 

    塵勞(ぢんらう)をまぎらす秋(あき)の瀧(たき)の風(かぜ)

この地(ち)は愛想(あいさう)の必要(ひつえう)なき處(ところ)にて、心(こころ)の疲(つか)れる事(こと)もなきなり。そは美(うつく)しきを見(み)ればその儘(まま)呟(つぶや)くのみにて濟(す)めばなり。

    濡(ぬ)るるほど瀧(たき)の飛沫(しぶき)や初紅葉(はつもみぢ)

 

 

瀧(たき)に近(ちか)づけば、風(かぜ)心地(ここち)よく飛沫(しぶき)も氣(き)にならず、澄(す)み渡(わた)る水(みづ)に映(うつ)りし己(おの)が影(かげ)を見(み)つめて居(ゐ)たり。

大蔵寺(だいざうじ)氏(し)、再(ふたた)び一句(いつく)をものにせん。

    その昔(むかし)なにを映(うつ)すや水(みづ)澄(す)みぬ  宏(ひろし)

われ水(みづ)に手(て)を浸(ひた)せば、

    瀧(たき)壺(つぼ)に手(て)をひたしをる痛(いた)みかな

 

 

大蔵寺(だいざうじ)氏(し)の言葉(ことば)にて瀧(たき)の上(うへ)に登(のぼ)る事(こと)となり、鐡(てつ)骨造(こつづく)りの勾配(こうばい)の險(けは)しき階段(かいだん)を步(ある)いて行(ゆ)きたり。

登(のぼ)り切(き)れば隧(トン)道(ネル)ありて、過(す)ぐれば、

「千本目松(せんぼんめまつ)」に到(いた)る。

岩肌(いわはだ)白(しろ)く、また平地(へいち)などもありて、猿(さる)以外(いぐわい)の小動物(せうどうぶつ)が檻(をり)に飼(か)はれてゐたれど、猿(さる)に比(くら)ぶれば言(い)はんとする事(こと)甚(はなは)だ不(ふ)明(めい)なり。

    吹く(ふく)風(かぜ)に道(みち)を隱(かくす)さん薄(すすき)かな

それらの中(なか)に幾(いく)つもの小(ちい)さき淸流(せうりう)ありて、やがてひとつになりて、崖(がけ)に向(むか)つて落(お)ち懸(か)かるなり。

そこより瀧(たき)壺(つぼ)を見下(みお)ろせば、奈落(ならく)の底(そこ)に吸(す)ひ込(こ)まれたるが如(ごと)き心地(ここち)す也(なり)。

 

 

再(ふたた)び茶屋(ちやや)にて遲(おそ)き晝食(ちうしよく)を攝(と)れば、子連(こづ)れの母猿來(ははざるきた)りて我(われ)らが宴(うたげ)に加(くは)はりぬ。名物(めいぶつ)の、

「紅葉(もみぢ)の天婦(てんぷ)羅(ら)」を分(わ)けて食(た)べるなり。

    名物(めいぶつ)の食(た)べるは揚(あ)げた紅葉茶屋(もみぢぢやや)

と詠(よ)めど、昨今(さくこん)流行(はやり)の宣傳文作家(コピイライタア)の作(さく)かとも思(おも)はるるなり、と云(い)ひし大蔵寺(だいざうじ)氏(し)の言(げん)に從(したが)ひて推敲(すいかう)せり。

    細(ほそ)る身(み)の食(た)べるは揚(あ)げた紅葉(もみぢ)茶屋(ぢやや)

 

 

我(われ)らが客(きやく)の子猿(こざる)の可愛(かはい)らしさに、家族連(かぞくづ)れの人々(ひとびと)の中(なか)より、子供(こども)や若(わか)き女(をんな)の集(あつ)まりて物(もの)を與(あた)ふるなり。

又(また)、猿(さる)と子供(こども)を竝(なら)ばせて、記念(きねん)冩(しや)眞(しん)を撮(と)る親(おや)もあり。

母猿(ははさる)は少(すこ)しも騷(さわ)がず、爲(な)すが儘(まま)に任(まか)せたれば、子猿(こざる)訝(いぶか)る樣(さま)もなく、美(うつく)しき瞳(ひとみ)を我(われ)に向(む)けたり。

    秋深(あきふか)し子猿(こざる)の瞳(め)にも瀧(たき)落(お)つる

 

    猿(さる)の瞳(め)にも瀧(たき)輝(かがた)きて秋(あき)の奧(おく)

 

 

子連(こづ)れの猿(さる)場(ば)を辭(じ)するに、我等(われら)が見送(みおく)りてその後(うし)ろ姿(すがた)を見(み)やれば、その隙(すき)にいきなり別(べつ)の猿(さる)脇(わき)に出(いで)でて、大蔵寺(だいざうじ)氏(し)が本(ぼん)を盗(ぬす)みたり。

本(ほん)は、

「芭蕉(ばせう)七部集(しちぶしふ)」なれど、猿(さる)は蓑(みの)を欲(ほ)しがらずに、元手(もとで)もなく本(ほん)を仕入(しい)れたり。

その猿(さる)、

「詩人(しじん)なるか、實業家(じつげふか)なるか」とわれ重(かさ)ねて問(と)へば、煙草(たばこ)一服(いつぷく)したる大(だい)蔵寺(ざうじ)氏(し)、

「否(いな)」と答(こた)へり。

その理由(りいう)はと問(と)へば、

「蓑(みの)はこの地名(ちめい)なるが故(ゆゑ)に、旣(すで)に必要(ひつえう)もなし」と、大蔵寺(だいざうじ)氏(し)答(こた)へて煙(けむり)を吐(は)くなり。

 曰(いは)く、翁(おきな)の、

「猿(さる)蓑(みの)」に、

『初(はつ)しぐれ猿(さる)も小蓑(こみの)をほしげ也(なり) 芭蕉(ばせう)』

といふ句(く)あればなり。

    瀧(たき)見(み)れば猿(さる)に盗(と)られん文庫本(ぶこぼん)

この句(く)、下五句(しもごく)を、

「七部集(しちぶしふう)」と詠(よ)まんと欲(ほつ)すれど、餘(あま)りに眞意(しんい)が見透(みす)かされん、と斯(か)く改(あらた)めたり。

 

 

猿(さる)に本(ぼん)を盗(ぬす)まれてより、夕暮(ゆふぐれ)間近(まぢか)の白(しろ)き氣配(けはひ)漂(ただよ)ひて、邊(あた)りの人影(ひとかげ)も疎(まばら)らになりぬ頃(ころ)、大蔵寺(だいざうじ)氏(し)さらに云(い)ふ。

「本(ほん)は盗(ぬす)まれしが、我等(われら)が過(す)ごせし今(け)日(ふ)といふ日(ひ)思(おも)ひの中(なか)に殘(のこ)らん」と。

    與(よ)太(た)猿(ざる)に盗(と)られしものは白(しろ)き秋(あき)

 

 

子供(こども)の高(たか)き聲(こゑ)次第(しだい)に遠(とほ)くへ離(はな)れ行(ゆ)き、樂(たの)しき日(ひ)の暮(く)れかかりぬ。

我等(われら)漫(そぞ)ろ心(ごころ)にて瀧(たき)を眺(なが)めたり。

    瀧音(たきおと)や秋(あき)の遊(あそ)びも暮(く)れかけぬ

 

 

人影(ひとかげ)は茶屋(ちやや)の人(ひと)以外(いぐわい)に我等(われら)の外(ほか)、さらになしかと見(み)れば、いつしか猿(さる)さへも暮色(ぼしよく)の中(なか)に溶(と)けるが如(ごと)く消(き)え去(さ)りたり。

    猿(さる)消(き)えてとりのこされし秋(あき)の暮(くれ)

 

 

折角(せつかく)來(きた)るによつて、大蔵寺(だいざうじ)氏(し)は、

「附合(つけあひ)でもせんか」と切(き)り出(だ)さん。

早速(さつそく)、詠(よ)みしものを披露(ひろう)せば次(つぎ)の如(ごと)くなり。

 

  夕暮(ゆふぐれ)の目(め)にせまりくる瀧紅葉(たきもみぢ)    不忍(しのばず)

      途切(とぎ)れし音(おと)に秋(あき)は去(さ)りつつ  宏(ひろし)

   瀨(せ)を渡(わた)り足(あし)を拭(ぬぐ)へば目(め)を閉(と)ぢて

      啜(すす)る湯呑(ゆのみ)に澤庵(たくあん)の味(あぢ)     不忍(しのばず)

   ひと聲(こゑ)に素(す)振(ぶ)りをくれて寒(かん)の月(つき)

      誰(だれ)も咎(とが)めぬ夢(ゆめ)なればこそ   宏(ひろし)

   振袖(ふりそで)を着(き)せたきままに年越(としこ)して

      枯木(かれき)も花(はな)を身(み)にまとひ    不忍(しのばず)

   春(はる)火事(くわじ)にもろ肌(はだ)を脱(ぬ)ぐめ組(ぐみ)かな

      櫻(さくら)を見(み)せて裁(さば)き輕(かろ)やか    宏(ひろし)

   俎(まないた)の鯉(こい)を料理(れうり)の流(なが)れ板(いた)

      溫(ぬく)もり殘(のこ)す蒲團(ふとん)抱(だ)き締(し)め   不忍(しのばず)

   三月(みつき)越(ご)し二階(にかい)貸(か)したる人(ひと)いづこ

      名乘(なの)り上(あ)げれば御曹司(おんざうし)とかや 宏(ひろし)

   許(ゆる)されてわが世(よ)の春(はる)を御散財(ごさんざい)

      驕(おご)れる人(ひと)のうれしかるらん  不忍(しのばず)

   無斷(なだん)にても難色(なんしよく)もなし花(はな)の宴(えん)

      小言(こごと)が來(き)ても聞(き)けぬ芳一(はういち)   宏(ひろし)

   行(ゆ)く春(はる)の重(おも)たき琵琶(びは)に腰(こし)拔(ぬ)かし

      明方(あけがた)豆腐(とうふ)を角(かど)で買(か)ふなり   不忍(しのばず)

   召(め)し上(あ)がれ戀(こひ)はなま物(もの)おはやめに

      蟬(せみ)も螢(ほたる)も老(お)いにうるさし   宏(ひろし)

   宵宮(よひみや)の祗園囃(ぎをんばやし)に馴染客(なじみきやく)

      主(ぬし)が命(いのち)と送(おく)る後朝(きぬぎぬ)      不忍(しのばず)

   べろを出(だ)し惚(ほ)れた晴(は)れたも藝(げい)の内(うち)

      口(くち)を開(あ)けたら閻魔(えんま)驚(おどろ)く    宏(ひろし)

   金(かね)次第(しだい)とは云(い)へ行(ゆ)けるも地獄(じごく)だけ

      笑(わら)ひ飛(と)ばして住(す)めば都(みやこ)か   不忍(しのばず)

   身(み)じろぎて男(をとこ)が月(つき)に吠(ほ)える影(かげ)

      野(の)の虎(とら)でさへも元(もと)は詩(し)を詠(よ)む 宏(ひろし)

   旅(たび)に寝(ね)て濡(ぬ)らす枕(まくら)も袖(そで)の中(なか)

      身(み)に沁(し)む冬(ふゆ)の主(あるじ)の情(なさけ)     不忍(しのばず)

   因緣(いんえん)の昔(むかし)語(がた)りに夜(よ)も更(ふ)けぬ

      漸(やうや)く明(あ)けた春(はる)はやまぎは   宏(ひろし)

   をかしさに一步蹈(いつぽふ)み出(だ)す野邊(のべ)の花(はな)

      日(ひ)に從(したが)ひて向日葵(ひまはり)の咲(さ)く   不忍(しのばず)

 

座興(ざきよう)に詠(よみ)上(あ)げし歌仙(かせん)一卷(いつくわん)を書(か)き留(と)めれば、

「そろりと歸(かへ)らんか」と大蔵寺(だいざうじ)氏(し)が云(い)ひて腰(こし)を上(あ)げたり。

 

 

    暮(く)れかけて水(みづ)にさざめく栬(もみぢ)かな

來(き)た時(とき)と同(おな)じ道(みち)なれど、歸(かへ)りし道(みち)のいと心細氣(こころぼそげ)なる。

 

    ひやひやと音(おと)をたどるや瀨(せ)の流(なが)れ

 

    瀨(せ)に消(き)ゆる紅葉(もみぢ)や岩(いは)に散(ち)る黃葉(もみぢ)

 

    道(みち)暮(く)れて流(なが)るる椛(もみぢ)なほ赤(あか)し

 

    せせらぎの音(おと)を背(せ)にしつ秋(あき)のくれ

 

    晩秋(ばんしう)の道(みち)のほとりに花白(はなしろ)し

 

    分(わ)かれ道(みち)どちらへ行(ゆ)くも秋(あき)の暮(くれ)

 

 

    この道(みち)も齡(よはひ)半(なか)ばや秋(あき)の暮(くれ)

ふたりの歳(とし)を思(おも)へば、昔(むかし)ならば既(すで)に初老(しよらう)と云(い)へり。今(いま)は有難(ありがた)くも、

「實(じつ)年(ねん)」といふ言葉(ことば)ありて、助(たす)かりたるやうな情(なさけ)なきやうな心地(ここち)なり。

大蔵寺(だいざうじ)氏(し)、

「今日(けふ)は久方(ひさかた)ぶりに愉快(ゆくわい)なり」と出抜(だしぬ)けに云(い)ひて我(われ)を驚(おどろ)かしぬ。

    秋(あき)の猿(さる)に盗(と)られしままで道(みち)下(くだ)る

 

 

大蔵寺(だいざうじ)氏(し)の心殘(こころのこ)りに振返(ふりかへ)れば、

「あつ」と驚(おどろ)きの聲(こゑ)を發(はつ)して我(われ)を促(うなが)せり。

彼(かれ)の視線(しせん)の彼方(かなた)を見(み)やれば、我(われ)も同(おな)じく、

「あつ」と驚(おどろ)きて聲(こゑ)を上(あ)げるなり。

そは山(やま)の頂(いただき)の一本(ひともと)の樹(き)の上(うへ)に月(つき)の懸(かか)りて、一匹(いつぴき)の猿(さる)、その稍(こずゑ)に登(のぼ)り、恰(あたか)も我等(われら)を見送(みおく)りたる樣(さま)にて、その猿(さる)、月(つき)に棲(す)みたるが如(ごと)く(く)見(み)えたれば也(なり)。

我(わ)が友(とも)とふたりして、暫(しば)し、その場(ば)を立去(たちさ)り兼(か)ねたり。

    見送(みおく)りの稍(こずゑ)の猿(さる)や月(つき)に棲(す)む

 

 

    月(つき)の道(みち)なにもなきままに影細(かげほそ)し

道(みち)日暮(ひく)れて(て)、空(そら)にあるは月(つき)ばかりなれど、ややありて奇(き)しくも空(そら)に鳥(とり)渡(わた)るを見(み)る。

我等(われら)はこれよりそれぞれの家路(いへじ)へと渡(わた)るのみか。

    暮(く)れ暮(く)れて落ち(おち)行(ゆ)く先(さき)や渡(わた)り鳥(どり)

 

 

    氣(き)がつけば空澄(そらす)み渡(わた)り鳥(とり)は消(き)ゆ

街(まち)に出(で)ると、大蔵寺(だいざうじ)氏(し)はこのまま箕面驛(みのおえき)より電車(でんしや)にて歸(かへ)らん事(こと)を、申(まう)し出(いで)たり。

我(われ)、

「しばし待(ま)て」と押(お)し止(とど)め、街中(まちなか)を物色(ぶつしよく)したり。

    街(まち)に出(いで)れば戀(こひ)しき火影(ほかげ)や秋深(あきふか)し

 

 

大蔵寺(だいざうじ)氏(し)と(の)の名殘(なごり)りに、居酒屋(ゐざかや)に入(い)りて熱(あつ)き酒(さけ)を呑(の)めば、命(いのち)ある事(こと)を實感(じつかん)する如(ごと)く腸(はらわた)に染入(しみい)るなり。

    月淸(つききよ)くまた逢(あ)はうぞと名殘酒(なごりざけ)

 

 

我(わ)が友(とも)はその言葉(ことば)の通(とほ)りに、箕面驛(みのおえき)より電車(でんしや)に乘(の)りて歸(かへ)りたり。

    ともに聞(き)けなにが悲(かな)しく蚯蚓(みみず)鳴(な)く

 

 

我獨(われひと)り夜(よる)のしじまに車(くるま)を走(はし)らせれば、千里丘陵(せんりきうりよう)の高層(かうそう)住宅(ぢゆうたく)に幾(いく)つもの明(あか)りあれど、その燈火(ともしび)は寒々(さむざむ)とかそけき様(さま)なり。

    人(ひと)は皆(みな)眠(ねむ)りも深(ふか)き假(かり)の宿(やど)

 

 

かくて今日(けふ)といふ日(ひ)も終(をは)りて店(みせ)に歸(かへ)るのみなれど、我(われ)は生(うま)れ出(いで)しよりこの外(ほか)に過(す)ごす術(すべ)を知(し)らずと云(い)へり。

我(われ)も箕面(みのお)の猿(さる)と同(おな)じ境地(きやうち)に到(いた)らん。

    行(ゆ)く秋(あき)や生(い)きてゐるから生(い)きてゐる

 

 

 

   一九八八(せんきうひやくはちじふはち)昭和(せうわ)六十三(ろくじふさん)戊申(つちのえさる)年(どし)十一月(じふいちぐわつ)十六日(じふろくにち)






箕面吟行Making a hokku poetry in the Minoh(現代文)

http://ahuminosinobazu.blogspot.jp/2012/01/blog-post_17.html


0 件のコメント:

コメントを投稿